旅行の楽しさの本質は新しい体験だ!

旅行は初体験

はい。今日も引き持ってモクモクと書くことに頭を巡らせる公太です。

旅行の楽しさの本質は新しい体験です!


なぜかというと、無限に湧く人間の好奇心を満たせるから


人は常に何かを求めてさ迷っているから不思議だ。
旅行にも何かを求めている。

僕がいつも紹介している「旅行」

今日は旅行の本質について考えてみました。

人はヒマが大嫌い!!【悪いものさえ入れて埋めたがる】

退屈

なんでもそうだけど、慣れると楽。
楽だと余裕が出て他の事を考えられる。(他の事を考えない時もあるが…)


この余裕を違う言葉に言い換えるとすれば、スキマって言葉がぴったりに思える。

仕事も、人間関係も、ありがたみも、頭の中がいっぱいだった時はそれ以上の事はキンキンして入ってこない。


それが儚い一時でも、いっぱいの事から離れると、思い出したかのように「ふと」別の事を考える。
ポッ出てきたような感じ。

その時の僕の感覚は

  • 何かを探せる状態になった
  • 気が散る
  • 忙しかったことに慣れた

とも言える 。


絶対に忙しくて休みたかったはずなのに、いざ全てが片付いてヒマになるとポチポチとゲームをしだす人さえいる。(ちなみに僕にはゲームに対する価値がまったくない)


人はスキマが許せないのか。結構どうでもよいことでその隙間を埋める。

自分の経験からだと、職場で自分だけヒマになってしまったときに、ワザと何か意味のないことをやっていた記憶が何かある。なんだかソワソワして落ち着かない、あの嫌な感じ。

考えてみた結果、人はスキマが怖いんだろう。


例えば今までいた人が居なくなるとそこに隙間ができる。空いていると何か寂しい。
「ボー」っとした感がある。

そこのスキマを埋めるように何かを探しに出かけ、そそくさと埋め終わると、今までなかったもので自分のスキマが埋まる。


旅行先のビーチでもそう。
リラックスしたくてサマーベッドで寝てると、10分も立たず何やろうかと探しているときがある。

周りをキョロキョロ見渡して、「 何かないか、何かないか」と探しているときがある。
私はお酒が飲めないので、だいたいジュースでも飲むかしたあと、ザバッと海に入る。

満たされてスキマが埋まってしまうとまた戻る。


そしてまた暇になる。

「さて。次は何で隙間を埋めよう」

こんな声が心の奥底から聞こえる。


確実に人はスキマに耐えられない。イライラして嫌いなのだ。

根本的に人は弱い【インプットも限界がある】

落ちこまザル

根本的に人は弱い。
人のパワーは限りあって無限ではない。

あったものが無くなって、スッカラカンになった後、また創り出すことはできる。


でも必ず朝起きてから、夜寝るまでの間に神経も体力も減って衰えてくる。

考えれば考えるほど脳のパワーは無くなって切れる。


そんな流れの中で会社員の仕事のように、次から次へと新しいことを言われて考えるのはかなりしんどい。

だからドンドン楽をしたくなる。そっちの方向に行きたくなる。


無心でいられそな「 遊び 」、「 食べる 」、「 寝る 」などストレスのないことをしたくなる。


人は基本的に、大変な事を続けられるほど強くない。
入る大変の「量」は、みんなあまり変わらないし限度があるんだ。

これはすごく自然なこと。

それにしても、何も考えたくないはずなのに「ストレスのないことを考えてやる」もんだから
これまた不思議である。


でもこれが人間の本質なのだろう。


楽しいことすら吐き出したい【どんなくだらない形でも吐き出す】

人は永久には何かを持ち続けられない。

2本の手でしか持てないし、重量のあるものをずっと持つのはまず無理だ。限界が来る。
食べ物が満杯に入った胃袋も、絶えず消化に走りまたゼロに戻す。


恨みつらみも、気持ちが悪くていつまでも持っていることができないから、いつか自分の責任として完全に飲み込む。

自分の責任だったと捉えられれば、完全に消化して、次に新しいものが入れられる。


よく安定するというが、この世のもので安定しているものなど無いんじゃないかと思っている。

増えれば増えるほど減っていくような。
減れば減るほど増えるような。


全てのものは出来上がった瞬間から「 朽ちる 」が始まると思う。

人が生まれた瞬間から死に向かうのと同じで、食べ物も育てば必ず酸化し腐り始める。安定などしないで確実に少しづつだがチリチリと劣化していく。


考えも同じで、「いい考えも、ワクワクも」いつまでも抱えておくとイライラして、ドンドン「やらない後悔」として堕ちていくから、人はやらずに耐えられないと思っている。


旅行も同じ、私は海外旅行で行きたいところがかなりある。
そして、裕福じゃなくても死ぬまでに全部行ける自信もある。

なぜならその願望を持ってワクワクだけを持ち続けるのが無理だからだ。行かないといつか気持ち悪くなる。
だからWorld Venturesの旅行を使って、今度はボラカイ島に行くのだ。


重力が全てのものに下向きに働くと同じように、考え方でさえも深い深い底のゼロに行く方向にある。

その膨らむ、しぼむ過程に、楽しみでさえもまるで吐き出すような形で消化していくのだ。
つまり、表現の問題にもよるが、楽しいことも結局はストレスになりうるのだ。



僕もこれに気づくまでに、人は悪い気持ちだけを吐き出したいと思っていたけど、全然違うんだと確信してしまった。

完全に腑に落ちたのである。


楽しみも実現する術を持っていないとかなりやばい。
【楽しいを】しょうもない形で作り、吐き出してストレス発散する。


でも何かしら楽しいことを吐き出し切らないと、日々の大変なこともおちおち飲み込めやしない。

だから必ずやりたいことはハッキリさせといた上でやったほうがいい。

生死を分けるくらい身のためだ。


じゃないとお腹いっぱいで破裂してしまう。


大切なのは何をどうやるか。

これだけだろう。


ストレートにできる人、出来ない人がいるけど、必ずみんな「 何かしらの形 」でその想いを外に出す。

出来ない人はごまかす形で出すことも多い。じゃないと生きていけないから。

何かを持ち続けていられるほど人は強くない。


どうせなら最高の楽しいを入れて出すに限る

好循環

人は常に今を生きて、明日を生きようとする。

今日一日でなるべくいいものを収穫して、それを糧にまた明日を生きる。


当然僕にも生きる理由がある。

  • 守りたい人がいる
  • 叶えたい夢がある
  • 目を背けられない宿命がある

その他細かく、ここで口に出せないようなことが山のようにある。


僕も立ち向かうために、「入れては出して」 を繰り返す。

その中でも注意していることがあって、


どうせ入れるなら楽しいもの。
どうせ出すなら楽しいものにしようとしている。


もし間違って黒く悪いものを出すと、事によっては明日を生きられないからだ。


例えば暴力をだしたとする。湧く怒りに身を任せ、吹き荒れる台風のように振舞えば、誰かを傷つけてしまうかもしれない。

そうすると明日を生きるどころか、明日は冷たく暗い部屋で膝を抱え、ただただむなしく時間が過ぎるのを待つだけだ。


でも逆ならどうだろう...。



旅行は体験の宝庫

どうせなら、自分の悪い物を一緒にごっそり持って行ってくれるようなものを入れて出したい。

ものすごく吸着力のあるものがいい。


新しい気づきや感動を与えてくれて、出しても力を残していくもの。

大切な今、明るい明日を迎えるための力を残すもの。


翌日に苦しくも重い運命を持てるように、または、立ち向かえるように入れるものを慎重に選ぶ。


僕にとってはそれが旅行だ。


旅行にはとんでもない成長のチャンスがゴロゴロ転がっている。


常に入るものは「新しい体験」だ。そのようなことが旅行にはかなり多い。

ほとんどが言葉にならない初めてのもの。

そこでは身近な人の顔でさえもイキイキとして、新しく見える。


もちろんこれも体験だ。


ワクワクやドキドキを入れて出すころには、旅行が、最高の気づきと発見を土産として置いていってくれる。


それが自分にとって良いものならどんどんフィルターにかける。

そして引っ掛かったもの、更に繰り返しフィルターにかけて残った良いものは、ものすごい感動と成長をもたらすものに変化している。

想像なんて誰もできない。旅先で出会う自然の力は人間のはるか上を行く。

旅行で何を残すかは自分自身に委ねられている部分もあると思う。
感じ方も価値観も、発見するものもそれぞれ違う。


それでも共通して入ってくるものは、新しいたくさんの体験。

いつまでも同じものより、いつもより新しく、最高のものを入れた方が人生はきっと豊かになると思う。
そうすれば明日も強烈に生きられるから。


「それが僕が考える、楽しい旅行の本質だ」

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おわり。

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