旅行から求める暮らしに気づこうよ

理想の暮らし

今の処は住みやすいよ!...


でも、今の自分の生活に引っかかりません...?


こんばんは。公太です。

今日はタイトル通り、自分が将来求める、暮らしに気づくために旅行を使って見たらどうでしょう?

的な話です。


自分が求める生活を見つけるのって大変です。

ほんといつまで探せばいいの?とか、

これでいいんだろうか?

と思うと。


しかも、理想を掲げつつ、言い訳しつつ、現実に耐えつつ探すのは骨が折れる。

でも、大丈夫だと思うんですよね。

答えを隠してるのは自分で、しかも意外と近くに転がってたから。


今日はそれを、サッと綺麗に片付けたいと思います。

では、どうぞ。

盲目に「 良い暮らし 」をいつまでも追いかけていないか

盲目

そもそも自分にとっての良い暮らしって何なんでしょう?

皆さんはハッキリありますか?


これって自分でもわかってない人結構いるんですよね。

良く今の暮らしにブーブー言う人いるけど、「じゃあ、どこでどういう風に過ごしたいの?」

って聞いても「駅が近くて~、買物に困らなくて~、一軒家で~」とかボヤっとした回答が多い。

何を求めているのかいまいち、良く分からない。

求めてる暮らしが分からないと、そもそも探せないから一生そこにたどり着けない。


ちなみに僕は、ちょっとしょぼいんですけど、

今は、ご飯を食べれて、パソコンが使えて、普通に寝れるのが良い暮らしです。

更に在宅ワークなので、仕事の時間が確保できれば良い暮らしになる。


なので今は田舎でいいと思っています。

夢があるので、叶えるのに明日を迎えられる環境があればヨシ!ってイメージ。


今思えば、子供の頃、自分の部屋が小さいだとか、ベットが欲しいとか結構親にねだってたのを覚えてるけど、欲張りだったな~としみじみ思います(笑)


今の日本は、大体どこも生活できる環境は整っていますよね。

田舎でも市街地なら、買物から・役所から・病院から・なんでもありますから。

買物もできない辺鄙なところでも、通販があるからネット注文できるし。

何なら仕事もネットでできる時代。

だから良い暮らしとは、そういった物理的なものを抜きに考えると、

  • お父さんお母さんなら、家族との時間を持てる
  • 自由な時間を楽しみたい人なら、仕事はほどほどで切り上げて、後は好きにできる
  • 働くことすらしないで、とにかく自分の時間が持てる。

とかが良い暮らしにあたります。


でも、今の場所にそれって本当にありますか?


大体無いですよね?普通の会社員だと結構難しいと思います。

日本て残業が美徳とされてたり、飲みに付合うのが美徳と感じられてる部分もあるから、特にそういった意味でも厳しい。


かといって、今の生活を捨てるなんてもっと厳しい。

だからこれらを求めて、日々イライラしててもしょうがなくて、求めるものが無い処に何かを求め続けてるのは、完全に盲目としか言えない状態。

そうなると良い暮らしを手に入れるなら、これ以外の別の手で行くしかありませんよね?

まず、恵まれている暮らしに気づいた方がいい

一旦別の話になりますが、2019年3月21日に発表された、「日本の幸福度ランキング」は世界第58位で、先進国ビリッけつです。

ちなみにこの幸福度は

データでは150以上の国や地域を対象としている。それぞれの国の幸福度は0~10の値からなる各個人の回答の数値の平均値。

とあり、結局のところ 各個人の回答の数値の平均値 なので


幸福度は国民の『感覚』です(笑)



そして日本の幸福度が低いことにより、良く騒がれているので話題として知ってる人も多いと思いますが、

そもそも日本はめちゃクソ豊かです!

生活に必要なもは先ほど言った通り、ほぼすべて揃っています。



でも58位の日本の前には、生活に必要な物が揃ってない発展途上国が、山のようにゴロゴロいます。

なので物理的に生きづらいと感じてる人は、 一刻も早く恵まれていることに気づいて、『僕は、見ているものが違うんだな』と眼を覚ました方がいいです。

どこに暮らしていようと苦痛はあると考える

苦痛

発展途上国は、物理的にも治安的にも日本より豊かではないですよね?

それでも幸せに暮らしているのは、彼らが精神的に僕たちより先にいるから。



僕もそうですけど、今は産まれたころから生きられる環境が整ってます。

「衣・食・住」の有無を議論するのは完全に終わって、ほとんどの日本人が生きていける環境にいる。

でも、そんなに幸せでないのは足りすぎて、足りることでしか物事を図れないからなのでは?

と思います。


下り坂を転がりだした、欲と言う名の雪だるまに、雪がくっ付いて大きくなっていくかのように、ドンドン「 欲しい 」が吸着して、欲がデカくなる。

今までは、経済の発展が凄かったし、発展の余地があったから新しい物がバンバン作り出され、与えられ、その「欲しい」を満たすことができてきた。


でも、いよいよ持って、知識も技術も成熟してきて、昔ほど簡単に次の上のステージには行けなくなった。


今までと同じ勢いで、良いものを求めるけど、成熟のおかげで昔ほど新しい物がすぐ産まれて入ってこないから、待ちきれずイライラする。

そして坂道を下ってきた「欲」と言う名の雪だるまは完全に行き場を失った。

だから日本人は精神的にまだ、対応ができてない。

物心つく前の赤ん坊が、ルールや、良く分からない言いつけに心が間に合ってなくて泣き叫ぶように、僕たちもある意味ワンワン泣いてる状態なのだと思う。



でも幸せだと感じている国の人々は、物がないことを受け入れて、今あるものを見つめて、感謝することで、良い暮らしを感じることができた。



日本と同じく争いはあるけど、形無い処に形を見る心が発展したんだと思う。

事実、殺しも日本より多い国もザラにあるし、喧嘩もする。

普通に考えたら物がないのもあって、むしろ殺しが多い分日本人より幸福を感じ笑っていられるはずがない。

けど毎日の生活で楽しそうにケタケタと笑ってる。


完全に心の在り方が豊かな証拠だ。

こう見ると、結局は大きな苦痛はどこに行ってもあること。

そして、良い暮らしはどこにでもあるってことが分かる。



だから苦痛なことも、丸っと飲み込まないといつまでたっても、良い暮らしはやってこない。

日本と変わらない技術を持った先進国が、日本よりもはるか先で幸せを感じているのも考えると、僕は日本人が相当やばいんじゃないかと思う...。



こんなんでいい暮らしが一生出来るわけがない。


その意思を受け継いだ子供たちも、影響されながら育っていくからまたこわい。

僕が見たタイ人の暮らし

タイ

私はタイ人の暮らしにちょこっと振れたことがあります。

始めて海外旅行に行った時に、現地で友達になったタイ人と同じ釜の飯を食べました。



20時にホテル近くのビーチを出発し、またがったバイクで山の上にある、彼の家まで向かったのですが、スルスルと大量の車とバイクの間をすり抜け、それはそれは死ぬような思いで走った印象が強いです。


ガヤガヤとした街も抜け、ひっそりと山の中に吸い込まれるように、僕たちは入っていったのですが、そこでたまに見かける家は、どこもかしこも大きな豪邸だったんですよね。

イメージで言うと、田園調布のような感じ。

あまり何も無い処に、急にデンっと大きな家が現れる。(その辺は大きい家しかない)


僕のタイの勝手な印象は、とにかくみんな貧乏で、ボロ家だろうと思っていたので、その景色にはかなり面喰いました(笑)

胸の中で【さすがに彼の家はこんな豪邸ではないだろう。でもこの分だと、思っていた程ボロ家ではなさそうだ】

こんなことを考えながら、ぬるい風を浴びて進みました(^^;)



実は恥ずかしながら胸の内で身の危険も考えていて、


こんな人気のない山奥に、しかも今日会って30分ばかし話したばかりのやつに付いてきて大丈夫だったのかな?


と不安を持っていたのも事実です。



でも、そんな私の心配を無視するかのように、途中にあった、ボロイ、ただの家なのか、店なのか分からないような処で、

『のど渇いた?』『なんか飲む?』

と子供のようなあどけない顔を浮かべながら、水を買って与えてくれたのが印象的でした。


僕は汚い自分を恥ずかしくも思いながら、それをひた隠すように「ありがとう」と受け取ったのですが、本当にあの時は、疑って申し訳ないのと、嬉しい気持ちがぐったりと混ざった気分だったんですね。



スコールに振られながらも、90分ほどかけようやく彼の家に着いたらしく、バイクが低い音を立てながら減速し、しばらくしてこと切れました。

そして、そこにあった光景を見て僕は言葉を失いました。

なぜならそこにあった家は


ツリーハウスΣ(゚д゚lll)


外灯も何の無い所だから暗くて全体像が見えなったけど、間違いなくツリーハウスでしたね(笑)


初めてのツリーハウス...。



ほんと来てよかったと思いましたよ(笑)

だってツリーハウスの敷居なんて、滅多にまたげないでしょ!?

結婚相手の実家よりも敷居高いと思いません?



ツリーハウス
(イメージ図)

その家の中へ僕は彼に呼ばれるがままにおそるおそる入って行くと、中に知らないタイ人があと3人居ました。

一人は16歳の少年。

もう一人は19歳の女の子。

もう一人は39歳の男性(だったかな?)


オオオオォォォーマイガああああ!!!

自分の中心で大きく叫びました。



聞いてないわ~、言葉通じないのどうするん俺?

(ちなみに友達のタイ人は関西弁が話せます)


まぁ、ここは彼に全て任せよう!

そう自分に言い聞かせて、そっと腰を下ろしました。

そこで食べたご飯は、友達になった彼の急な計らいです。

その彼しかいないと僕は腹に決め込んでたもんで、たいそう驚きました(笑)



でもね、みんないい顔で迎えてくれるんですよ。

ニッコリと笑って、お互い自己紹介なんかしたりしてね。(ほとんど何言ってるか分からないんだけど)


それでね、当たり前の家族のように、まるで私が昔からそこにいたような、何の違和感もない自然な形で一緒にご飯を食べたんですよね。



ちなみに、タイ米はチンしたサランラップのタイ米(冷凍だったのかな?)

そのタイ米はタイ方式で手づかみで食べました。

(郷に入っては郷に従え!!)




僕の想像と違って、どうやらタイ人も辛い物に特別免疫があるわけではないようで、

『かれええええぇぇぇぇえええ!!!!かっら!』\(゜ロ\)(/ロ゜)/

と笑い叫びながら食べてましたね。

釣られるように僕もよく笑いました。



僕は3時間程そこに居たんですが、初対面とは思えないほど自然な流れでほんとよく笑いました。



ちなみに、家の窓はガラスもなくて見事にがら空きでしたね~


タイは知っての通り、日中は30度にも達する暖かい国だから、虫もたいそうバカデカいんです。



彼らが自由に出入りしていると思うと、なんだか体がムズムズしました(笑)


食べた後は、みんな軽く話したり、携帯でポチポチなんかやってま~ったりして、とても何か不自由してるようには見えなかった。


僕が終始見た限りでは、不自由そうな顔なんかしないでね。

普通~に、ボロ家の生活に溶け込んでるんですから。



きっと彼らも、精神的にずんずん前に進んでその生活を、楽しんでいるんだと思います。

必要な物は大してない。必要なものはありのままの暮らしをすることだ。

生きる上で、必要な物なんて実際大して無いんですよ。



物理的な生活も、周りにいる人たちも、必要なものは大体揃ってますから。

もう手に入ってるものはたくさんあるんです。




もし、今の生活が不満なら、一度外の世界に出てみると気づきます。

自分の暮らしがどれだけ恵まれてるか。



そうしたら、いい暮らしが見えます。

別に日本でもいいと思うんですよ。

ちょっとだけ足を延ばしてみれば国内でも違うものがありますから。



僕も最近何年かぶりに、実家に1週間程いたんだけれど、ほとんど何もいらなくって、必要だったのは、今このブログを書いてるパソコンと、少々の食べ物と洋服だけでした。


もちろん洗濯機とかいるけれど、安っぽい動けばいい物のような気さえします。

前の住んでたアパートを引き払う直前、後半のご飯は、卵かけご飯にインスタント味噌汁・キムチと豆腐だけで
なんだかんだそっと済んで満足してたし。

家の物は9割がた売り払ったけど、な~んも不自由を感じなかったから、いかに自分が欲張って物をため込んだのかが、痛いほど分かりましたね(;・∀・)



今は色んなものが簡単に手に入るだろうと、いつも期待してた自分がなんだか笑えます。



もしかしたら、違う場所が自分の暮らすべき所かもしれない。

それとも、やっぱり今いるところが暮らすべきところかもしない。


でも、どっちも一目見て知ることが、暮らす場所を見つけるには必要だと思う。

最近強く感じたことです。

一度外見たら変わるので、機会があれば旅行がてら、遠く足を延ばしてみてください(^^♪

終わり。

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